2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

« 甲斐バンド | トップページ | ゴールデンスランバー »

2010年2月 1日 (月)

「PRIDE 共生への道 ~私とヒロシマ~」 李実根

  Photo                      三歳の日の銀杏の木

ああ、ここだ。全身に鳥肌が立った! 小さな寺の山門をくぐった瞬間、三歳のあの日から私の中で一日一日と積み上げてきた七十三年の歳月が一瞬にしてタイムスリップしてしまったようだった。見上げる大きな銀杏の木が黄金の葉をまとい、地面には絨毯のように敷き詰められて輝いている。やあ、よく帰ってきたね、と私に語りかけているようだ。

私は三歳の小坊主に戻って、あの頃のまま、そこに立っていた。記憶の祠の中で、私の人生の歩みは、まさにここから始まったのだ。和尚さんの言いつけで箒を手に散った木の葉をかき集めようとここに立っていた私を、あの日もこの大きな銀杏の木が見下ろしていた――。

七十三歳の秋にふと思い立って、幼い日の一時期を過ごした小さな寺を探してみたくなった。生まれ故郷の山口県豊浦郡。そこに今もあるはずのあの寺を見つけだしたくて、ひとつひとつ巡り歩いた。あの時の、あの寺の、あの銀杏はまだ生きているのか。もう一度見てみたい。その一心で四軒目にくぐった山門の目の前にあの木がちゃんと私を迎えてくれたのだ。

『浄土真宗 暁雲寺』―― ひとり息子の自立を願った母が、まだ三歳だった幼い私をあずけた山の寺。ここを掃きなさいという和尚さんの言いつけも、遊びたい盛りの私には右の耳から左の耳。すぐに目新しい冒険を思いついては仕事のことなどぽっかりと忘れてしまうのが常だった。あの日、小さな私がその大きな銀杏を根元から見上げた時に感じたその大きさ、びっしりと黄金に染まった葉々。掃き掃除なんて後回しだ!思わず寝転がってみた贅沢な落ち葉の絨毯。見上げた銀杏の木の向こう側に真っ青な空が拡がっていた。ああ、いい気持ち。いつにまにか眠ってしまったのだろう――今では、その夢の中で見たようにさえ思える、私の長い波乱に満ちた七十余年の物語は、ここから始まる。

文章作りから編集、構成までをお手伝いした最初の本です。在日二世として日本に生まれ、戦時中の軍国教育の中でまっすぐに育ちつつ終戦を迎え、広島で被爆。時代に翻弄されつつも、朝鮮民族としてのプライドを失わず、戦後の日本を生き抜いた李実根(リ・シルグン)さんの人生。誇りを持って生きるとは・・・。

                                           2006年7月 汐文社刊

« 甲斐バンド | トップページ | ゴールデンスランバー »

My work」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「PRIDE 共生への道 ~私とヒロシマ~」 李実根:

« 甲斐バンド | トップページ | ゴールデンスランバー »

よさこいの夏

My work

無料ブログはココログ