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書籍・雑誌

2018年5月 3日 (木)

「憲法9条を守るために」山本好隆

Img_20180429_00010今日は、憲法記念日です。
皆さん、憲法9条について考えたことがありますか?
戦後生まれの私たちには、意識が薄い存在であるかもしれません。
その時代を生きたか否かで大きく違うものであるかもしれません。

「憲法9条を守るために
今一度、戦争の事実をみつめてください」

山本好隆先生の3冊目の本が出来上がりました。
5月3日憲法記念日までに完成させて、届けたいと1月から4月半ばまで、お手伝いさせていただきました
先生ご自身は、もっともっと前からたくさんの資料を集め、学び、執筆を続けてこられていました。

私が編集や構成のお手伝いを始めたのは、年が明けてすぐからでした。
憲法記念日までに完成させたいというご希望に、いやいや終戦記念日にしましょうと、お願いしてみたりもした私でしたが…

途中、いろいろなハプニングもありました。
100枚近い資料や写真を二度三度とスキャンし直したりと…
2月~3月ぐらいにはダウン寸前~…みたいなこともありました
それでもなんとかかんとか、
4月29日には、印刷屋さんから500冊の本が届きました
104ページの本になりました。
あ~、よかった

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戦争の史実は、とてもとても恐ろしくて、こんなことが70年前には現実の日常であったということが、私にはどうしても怖すぎて、これまでの人生でもできるだけ見ないようにして通り過ぎてきたのです。
そんな私ですから、今回のこの仕事はかなり辛いものでした
例えば「はだしのゲン」や「火垂るの墓」は、一度は観たけれど、
辛すぎて二度とは観ることができない作品なのです。
「この世界の片隅に」も。

でも、だからこそ、子どもや孫やひ孫たちをもう二度と戦場に送らないために、
意を決して、この本を届けようとされている山本先生の思いは、
本当に心から応援したいものでした。

第2次世界大戦後も、ずっと地球のどこかで戦争が続いている。
親も子も家族もいるはずの尊い大切な命が失われ続けている。
この世に生まれ、大切に育てられてきたはずの若者たちが
お金につられてイスラム過激派の兵士になったりする時代。
その真ん中にいるのは、いつもアメリカという国。
そのアメリカに毅然とした態度を示すこともできずにいる日本。

世界で唯一無二の平和憲法。
70年に渡って変えられることなく守られてきた日本の憲法。
戦争放棄を掲げた第9条。

構成を考えたり、文章の校正をするためには、
しっかり読み込まざるを得ないので、
目をつぶることができません。
お手伝いさせていただきながら、一番ショッキングだったのは、
日本人がアジアの隣国の人たちにどんなに恐ろしい蛮行を繰り広げてきたかという紹介でした。
日本では、戦争と言えば、広島、長崎の原爆投下を始めとして、
私たちがどんなにひどい目にあったか
という被害者の立場ばかりがクローズアップされがちです。
だけど、決してそれだけではないのです。
死と隣り合わせの日常は、人間をこんな風に変えてしまうものなのでしょうか
加害者としての信じられないような恐ろしい日本人の姿が紹介されています。
そして、南方の島国に兵士として送られた多くの日本人。
その死の7~8割方が戦って命を落とした戦死ではなく、
餓死や病死であったという虚しい事実…。
すべての史実を、70年経った今だからこそ、
公平な目で真っ直ぐに見直して、
そこから憲法9条の意味を考え直す必要がある。

この視点こそが、まさに先生ならではの真骨頂なのです。

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80歳を迎えられた山本先生ですが、
先生のみならず、今、先生と同世代のたくさんの方々が
憲法改正に反対する活動を展開されています。
そんなことも本の後半には紹介されています。

70年前に戦争の日常の真っ只中に少年時代を過ごした先生が
目のあたりにした空襲の様子も紹介されています。

先生の本を読み終えた時、
みなさんはどんなことを感じられるでしょう。
仕事として文章を追ってきた私でしたが、
半ばからどうしても頭の片隅から離れなくなった疑問は、
どうしてこんな辛く悲しい命令に、
誰もかれもが黙って従い続けたのだろう?
ということでした。
これは奇しくも、先生ご自身が次の課題として掲げられていることでもありました。

表紙に使われているコスモスの写真。
このコスモスは、20年前、山本先生が庭代台小学校長として在職中に
学習農園で自ら育てられたコスモスを、ご自身で撮影されたものです。
在職当時は、毎年、学習農園でいっぱいのコスモスを栽培して、
全児童に持ち帰らせてくださいました。
先生にとって、コスモスは平和のシンボルであるのです。
そのことも本の中で紹介されています。

この本を読んでみたい方は、私にご連絡ください
このブログの右上「メールを送信」から、私に直接連絡いただくこともできます

2018年3月14日 (水)

「月と雷」角田光代

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言葉の持つ力を感じさせられる角田光代さんの作品。
心のどこかに誰もが隠し持っている言い表せない思いを言葉に乗せて気づかせてくれる。

普通じゃなくていい。
普通なんてどこにもない。
世の中の常識なんていうものに最初っから感知せず、
ただただ流れるままに流されるままに
そこに疑問をもつことなんて一切せずに
生きてきた直子さん。
自分に親切にしてくれる男のもとに転がり込んでは住み着いて、そこで日々を重ねて生きていく。

晩年にはどうやら認知症をわずらっているらしいけど、
その分けの分からない思考をそのまま言葉に乗せて、
直子さんの日々を綴っています。
今では「認知症」などという言葉があるが故に、どうにでもすぐに「認知症」で括ってしまおうとするけれど、歳を取っていろんなことがだんだんわからなくなっていく、ということは、人生の普通の流れなのだと考えると、ちょっと面白くさえ感じる。

幼い頃、直子さんとその息子・智が転がり込んできたことで人生を狂わされたと思っている泰子。
常識的で優しい婚約者(太郎)が決まっていながら、
ひょいとした成り行きで、智の子どもを産むことになってしまう泰子。
人生を難しく考える必要なんてない。
「こうあるべき」に縛られて苦しくなる必要なんてない。
そんなことも思わせてくれる。

「けれど泰子は何もできなかった。というより、しようとしなかった。自動的に、朝目覚め、仕事をし、終業後、夕食を食べて眠った。昨日をなぞったような一日が、自分をどこにも連れて行かなければいいのにと泰子は思った。そのためなら、毎日おんなじ時刻に起きて、おんなじものを食べ、毎日おんなじ時刻に風呂に入る。昨日と違うことをいっさいしない。しかしそのくり返しが腹の中の子を成長させていると思うと、泰子はぞっとするのだった。願ってはいない場所にどんどん連れていかれるようで。
 蛇ににらまれ動きを停止したカエルの如く、泰子は何をどうするとも決められず、ただひたすらに、太郎と智からの連絡を無視し、昨日と同じ日を過ごすことに心を砕いていたのだが、最初は真っ暗だと思った気分によくよく目を凝らしてみれば、すっと光が射し込んでもいる。それは希望でも救いでもなんでもない。ただ単純に産みたいような気持が、自分の内にあるらしかった。それがどうやら、その細い光なのだった。それに気づいて泰子は気分が悪くなるくらい、驚いた。」

「あんたね、何かがはじまったらもう、終わるってこと、ないの。直子だろうが直子じゃなかろうが、東京にこようが父親がいなくなろうが、逃げようが追いかけようが、はじまったらあとはどんなふうにしてもそこを切り抜けなきゃなんないってこと、そしてね、あんた、どんなふうにしたって切り抜けられるものなんだよ、なんとでもなるもんなんだよ」

角田さんの小説の登場人物には、
自分の身近にいる誰かが透けて見える。
母であったり、娘であったり、夫であったり、もしかしたら自分であったり…
だからこそ、こんな生き方でも別に構わないんだと認めてもらえるような気持ちになれる。
★★★★

 

2018年2月 9日 (金)

「めまいは自分で治せる」

Img_20180210_0001目からウロコの本を見つけました。
5年ほど前から、目眩おばけに突然襲われるようになった私です。
今回また1月26日の夜中にお出まし
なんだか乗り物酔いしているような夢を見ていて、
ふと目が覚めると本当にぐるぐると世界が回っていたのでした。
翌日に控えていた、庭代台の冬の恒例イベント「耐寒金剛登山」にも行けずでした
残念だった~

そんな中でまるで用意されていたかのように
たまたま娘と行ったカフェで見た雑誌に
横浜市立みなと赤十字病院新井基洋先生が解説しためまいリハビリのことが載っていました。
その後に行った図書館でもたまたま目で追っていた棚に
同じ先生の本があったので、借りてみることにしました。

それがこの本です。
「8000人の患者を治した『奇跡のメソッド』」という副題が付いています。
この横浜市立みなと赤十字病院では
4泊5日のめまいリハビリ入院というのがあり、
もう予約は半年後ほどもの順番待ちでなかなか取れないそうです。
そこで、こういう本を作られることになったのでしょう。

私の周りにも、何人ものめまいで悩んでいる人がいます。

目眩にもどうやらいくつものパターンがあるようです。
フローチャートが付いていて、
YES、NOの答えにそって進んでいくだけで11種類のパターンの目眩の中で
自分がどれに当てはまるのかわかるようになっています。

そして、8種類のリハビリが図入りで紹介されていて、
自分のめまいにはどのリハビリが効くのかも示してくれています。
患者の体験談もたくさん載っているので、
自分とよく似た目眩の人の体験を知ることもできます。

ちなみにフローチャートによると、私の場合は、
スタート→「主な症状はめまい(と嘔吐)」→
「立っていられないような非常に激しいめまいが続く」→
「寝起きの動作など、体や頭を動かすとめまいが悪化する」→
「良性発作性頭囲めまい症」
ということになりました。

Noで答えていくと、また違う診断名が付くことになります。

効果的なリハビリは、「振り返り」、視線の「上下」運動、「寝返り」でした。

めまいでお困りの方に、
ぜひ一度手に取ってみて欲しい一冊です。
★★★★★

2018年2月 2日 (金)

「終わった人」

Img_20180130_0002定年退職を迎えた男性が人生の先行きを考えながら、
大いにジタバタとあがいて、
まさにのた打ち回るお話。

本など滅多に読まない夫殿が、
誰に勧められたのか、
図書館で予約までして借りてきた一冊。
面白くて一日で読み終えたというので、
ペラッとページを繰ってみました。

私も久々に一気に読み終えました。
面白かった

東大法学部卒業という学歴を武器に
メガバンクで出世街道を一直線に歩んできた主人公が、
人脈がらみの人事で出世コースを外され、
子会社に出向となり、
そこで定年を迎えます。
その後のジタバタぶりがユーモラスに描かれています。

還暦後の第2の人生の歩み方を考えざるを得ない年齢に、
差し掛かっている私たち。
男性方々の方が、いろいろと面倒くさいのかもしれませんね
男のプライドって奴が邪魔をして、
簡単には人と交わることもできない男たち。

別に東大卒とまでは行かなくとも、
ジム通いや趣味の集まりに加わることもできずに、
家に引き込もりがちになってしまう男性は、
案外、こういうプライドに邪魔されているのかもしれないなあと
リアリティを持って読むことができました。

会社人間として終わったと感じる人。
社会の中で終わったと感じる人。
家庭人として終わったと感じる人。

ものすごい紆余曲折があったにせよ、
ラストに希望があったことに救われました

人の気持ちの在り様は複雑で、
そう簡単には切り替えがきかないものですね。

心の機微を書き綴る内館牧子さんの感性にも共感できました。
私より10ほど年上の作家さん。
他にも読んでみようと思いました。

退職前後の方にお勧め

なんでも映画化も決まっているそうですね
館ひろしさんと広末涼子さんで

★★★★

 

2017年1月19日 (木)

「九十歳。何がめでたい」

Img_20170119_0001本屋さんにもテレビにも、
「オモシロイ、オモシロイ」とあおられて、
ついつい買ってしまいました
本屋さんでパラパラッと見てみると、あっという間に読めそうな字の大きさと本のサイズ。
これに1200円+税かあ
という思いがしないでもなかったけど…
この爽快感は映画一本以上に値します

とにかく痛快 爽快
今の社会のモヤモヤと気持ちの悪いところを一刀両断にしてくれる佐藤愛子さん。
本を読んで「溜飲が下がる」思いが持てたのは久々です
御年93歳
スッバラシイ~

スマホ一つ持てば、指先一本で何もかも調べられてしまう。
判断してくれてしまう時代。
これでは、日本人総アホ時代になってしまうぞ~…だとか、

歳を取るとみな「ポックリ死ぬのが夢」と言いつつ、
高血圧の薬とか血をサラサラにする薬とかコレステロールを下げる薬とかを、
いっぱい飲まされている高齢者のみなみなさん。
わが母も正にこれ
治療のための薬じゃなくって、予防のための薬ばっかり
これって、医者さんと薬局さんが儲けるための陰謀なんじゃないのかな~
老いの夢は遠いのだ~

新聞の「人生相談」が大好きだという佐藤さん。
私もそうです
テレビ欄の次に見るのは、「人生相談」と言ってもいいくらい
この佐藤さんの「人生相談」に対する思いに、
共感しまくり~
何で、そんなしょうもないこと相談するのや?
そんなこと、自分で何とかしなさいよ!
いやいや、この回答者の助言はアッパレだ~等々…
短い文章の中で、「意を得たり」の回答に出会う度に拍手喝采したくなる。
そんな一喜一憂を愉しめる朝のひとときが、
「人生相談」にはありますよね~
時には佐藤さんのように、
悩める人を一刀両断にする回答者がいてもいいような気がしますハイ

6年生の男の子が蹴ったサッカーボールが当たりそうになって、
それをよけたオートバイのお年寄りが転倒して骨折入院。
それから1年4か月後に肺炎で死亡した。
老人の遺族が少年の両親に賠償を求め、裁判で1180万円もの賠償を命じた話。
東日本大震災で、園児たちを送迎バスで送り届けるという判断をした為に、
津波に呑み込まれたという痛ましい事件で、
第一審が園長に1億7千万円の賠償命令を出した話。
この手の話は後を絶たない。
子どもが元気に遊んでサッカーボールを蹴ることのどこが悪いのか
子どもの命を守ろうとして一生懸命考え出した判断が、予想の付かなかったことで
まちがってしまったとしてなぜ責任を問われるのか

野球禁止、サッカー禁止の公園だらけの世の中。
保育園ができることを騒音だと反対する住民。
バカな一社員の暴走で、トップが責任を取って辞任、という話もあまりにも多い

子どもが元気なことの何でアカンの?
どこのどいつとも知らない赤の他人の失態の責任をなんでトップがとらないとアカンの?、
日本の国は変な方向に行ってしまってると思うことは多々あるのだ

なんでもかんでもマニュアル志向の無判断時代。
93歳の佐藤愛子さんが、
自分の意志と情で、
自分自身で決めて生きていくことの潔さを教えてくれます。
アッパレ~ッ

2016年10月 1日 (土)

「コンビニ人間」

Img_20161001_0001芥川賞を受賞した村田沙耶香さんのテレビに出ている様子が、天然っぽくってなんだか面白そうな方でしたので、ネットで購入して読みました。
ここ最近の読書歴の中では、かなり面白いものでした。
かつてハマった干刈あがたさんや吉本ばななさんの作品の印象と重なるものがありました。

幼い頃から、周りの人たちや家族から「正常ではない」と見られながらも、家族に愛され成長し、社会に出てからは、コンビニで働き続けることで居場所を確保していく36歳未婚の女性・古倉恵子を描いた作品。

集団の中で突出しないこと。
学校を卒業したら、しっかりと正職に就くこと。
年相応に結婚すること。
その後には子どもを授かって、親として生きること。
そう決めつけてしまう「世間の常識」って、いったい何なのか…
そんなことを問いかけています。

この問いかけは、我が家の末娘にも通じるものなので、
私としてはかなり面白く興味深く読むことができました。

家族からは「壊れている」とされてしまっている主人公の古倉恵子は、
家族に心配をかけまいと自分を押し殺して日々を送ることに決め、大人になっていきます。
学校卒業後は”コンビニのマニュアル通りに働く”という選択枝を選んで、
そこに唯一の居場所を見つけ、その生き方に満足していました。

そこへ婚活目的の同年代のダメ人間・白羽がコンビニの新入りとして、
目の前に現れます。
白羽が来たことにより揺れ動かされる古倉恵子の行動が、
また普通ではありえない方向で進んでいくので面白い。

白羽もまた恵子と同じに常識の掟に苦しめられながら生きてきた人間なのでした。
恋愛をしたことがないのが正常ではないのなら、
二人で一緒に暮らしてみると言うのも一つの手段。
「男と同棲する女」というのを演じてみましょう。

「正常」とはいったい何なのか…

何でも周囲と同じでなければいけない。
突出した個性は、変り者とされ、後ろ指をさされてしまう。
家族や親は「心配」という印籠を突き付けては、
我が子が適齢期で普通の結婚をしてくれることを望んでしまう。
この作品にはそんな日本の常識社会を笑い飛ばしているような痛快さがありました。

自然の中で暮らすのが好きだから、そうしているのに、
車で寝泊まりしているというだけで、
「え~っ 車で寝てるの」と引かれてしまう日本が窮屈で、
オーストラリアに行ってしまった末娘は、
どんな生き方暮らし方も肯定してくれるオーストラリアの懐の広さが、
一遍に気にいってしまい、
「やっぱり日本は狭くて小さいな~」と申します。

26歳になった末娘。
日本中を軽バンで渡り歩き、あちこちの農家やスキー場で住み込みのバイトをしながら、
生き始めてかれこれ何年になることでしょう。

どんな生き方であれ、当人が生き易い居場所を自分で見つけ出すしかないということ。
他人の釜の飯を食うということは、多かれ少なかれ人を成長させてくれるものなのでしょう。
2か月のオーストラリア滞在から帰国後、京都の川床の料理店で、高山のトマト農家で住み込みバイトをした娘は、今度は西表島でバイトするそうです。
そして、貯まったお金で、冬にはもう一度、オーストラリアへ旅立つそうです。
「うちは、最終的には日本以外の場所で生きていく」と申します。

この作品には「正常とは言えない生き方であっても、それもあり」と肯定してくれる痛快さがありました。
★★★★★

 

 

 

2016年2月 6日 (土)

「火花」~又吉直樹著

028あの話題の芥川作品をやっと読み終えました。
お笑いの世界で生きる人たちの実際の生活や心の在り様、
笑いを獲ることへの実は奥深い理屈がよく分かる一冊でした。
今まで描かれなかった世界が垣間見れたという意味で興味深い本でもありました。

又吉直樹さんのまわりくど~い思考経路、それをやけに文学的に表現してしまうという文体はなかなか面白かったし、ああ、そういう感じ分かる分かると共感できるところもたくさんありました。
短い作品ですが、この本に芥川賞をと決められた審査員の方々の思いも分かる気がします。

一見、軽そうの見えるお笑いの世界ですが、最近は高学歴のお笑い芸人さんたちもたくさんおられます。片やホントに軽~い人たちも混在しているのが、この業界の特異な面なのかもしれません。

本の中の特徴的な文章をちょっと挙げてみますと…

「雨が上がり月が雲の切れ間に見えてもなお、雨の匂いを残したままの街は夕暮れとはまた違った妙に艶のある表情を浮かべていて、そこに相応しい顔の人々が大勢往来を行き交っていた。傘を差しているのは神谷さんと僕だけだ。そんな僕たちを誰も不思議そうには見なかった。神谷さんは傘を差し続けている理由を説明しようとしなかった。
 ただ、空を見上げ、「どのタイミングでやんどんねん。なあ?」と何度か僕に同意を求めた。喫茶店のマスターの厚意を無下にしたくないという気持ちは理解出来る。だが、その想いを雨が降っていないのに傘を差すという行為に託すことが最善であると信じて疑わない純真さを、僕は憧憬と嫉妬と僅かな侮蔑が入り混じった感情で恐れながら愛するのである。」

こういう雰囲気の文章が散りばめられています。
いかにも又吉さんらしいですよね。

「あの言葉のせいで、笑われるふりが出来にくくなったやろ? あの人は阿呆なふりをしてはるけど、ほんまは賢いんや。なんて、本来は、お客さんが知らんでいいことやねん。ほんで新しい審査の基準が生まれてもうたやろ。なんも考えずに、この人達阿呆やなって笑ってくれたらよかったのにな。お客さんが、笑わされてる。って自分で気づいてもうてんのって、もったいないよな」…

この議論の件はとても面白かった。ある意味、お笑いの真髄を突いていると思えました。

この本は、主人公である“僕”が、先輩の神谷さんとの会話の中で「お笑いとは、漫才とは、どうあるべきか」を、探求していく一冊です。
お笑いの世界で下積み生活を送る若者の姿が、ありのままに描かれているようで、好感がもてます。
最後の方は、神谷さんの崩れぶりにちょっと引いてしまいはしますが…
それもまた、さもありなん、なのかもしれませぬ

ネタを披露してしまっているのかもしれませんが…
ほら、なんだか続きがもう少し読みたくなってきたんじゃありません?

2015年12月 2日 (水)

「妖怪天国」~水木しげる

017水木しげるさんが亡くなられました。
でもなぜか「死んだ」というよりも、こちらの世界の扉を一枚開けて、「妖怪天国」へ旅立たれたのだという気がしてしまいますね
あ~、ついに行ってしまわれましたか…

「妖怪天国」は、1992年発行の水木さんのエッセイ。
20年前の私の愛読書でした
ユーモア溢れる生き様、その言葉の遣い方が読んでいてとても心地よく、大好きな一冊です。、
60歳から70歳を少し越えた頃の文章が集められています。
もうすっかり天国に近くなったような達観された内容で書かれていますが、
あれから20年もお元気で、しかも現役でお仕事され続けたことになりますね。

幼かった頃から、妖怪的な存在がごく身近だったこと、
ラバウルの戦地で腕をもぎ取られ、原住民の部族にすっかり溶け込んで生き抜いたこと、
日本に帰ってきてから、憑りつかれたように片腕で漫画を描き続けたこと、
結婚後、貧しさの中から、あの素晴らしいゲゲゲの女房さんと、
飄々と人生を渡って来られたこと…

辛いことをモノともせずユーモアある視線で受け止めて
日々を暮らしていく。
その姿勢が面白くって、夢中で一気に読みました。

この生き様は、水木しげるさんの人生で一貫していたことですよね。
奥様との関係も絶妙でした。
この2~3日、お歳を召されてからのテレビ出演の様子が何度も放映されていますが、
インタビューの真っ最中に饅頭を食べだしたりして、アナウンサーに止められたり、
テレビ収録中という状況が理解できなくて、
何度も「これは何事か」と奥さんに尋ねられ、
その都度、奥さんが「お父さん、何度も同じことを聞かないでくださいよ」とたしなめつつも、また説明されます。
こういう内容が、そのまま放映されるのが許されてしまうのが、
水木ワールドなのだと面白い。
奥さんのしげるさんへの対応が素晴らしい

この本の中に「少しずつ死ねる」という文章があります。
人間はいきなり死ぬのではなくて、
次第に周りの物事への興味がなくなったり、
趣味をなくしていったり、
遠くへ行くのが億劫になったかと思えば、
そのうちに近くさえも歩けなくなったり、
また目が見えなくなって来たり、
人の話が聞こえなくなったり、
どんどん忘れるようになったりして、
少しずつ死んでいくのだと書かれています。
水木さんも少しずつ死んでいかれたということなのかもしれません。
その中でも、水木さんが一番最後まで持つのを止めなかったのが絵筆だったということ。
その生き様は全く素晴らしい

ご冥福をお祈りいたします。

2015年11月25日 (水)

「サラバ!」

久しぶりに一気に読み終えました。015



西加奈子さんの「サラバ!」
主人公・歩が家族との繋がりを描きながら人生を進めていく物語。

人生を左右するのは、結局、家族の在り方なのかもしれない。
それは、私自身のテーマでもあるような気がします。
個性豊か過ぎる家族に幼い頃から翻弄され続ける歩。
物語の中に、私や我が家の子どもたちがそのままいるような気がしました。
思うようにはなってくれない。
切りたくても切れない。
だからこそ、時には自分を救ってくれる存在にもなる。
面倒臭くて、愛すべき家族たち。

物語の終盤は、少しばかりテーマがずれてしまっているような気もしましたが、
上下巻の4分の3ぐらいは、ひと息に読まずにはおれない緊迫感がありました。

この作家さん、面白いですね。
30代のこんな人が出てきているのですね。
言葉の使い方がとても納得ができる。
心象描写が的を得ている。
他の作品も読んでみたくなりました。

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本のブックデザインもご本人がイラストを描かれています。
この感性も素敵。
我が家にも、よく似た感性を持つ誰かさんがいますからね。

西加奈子さんは、1977年生まれ。
イラン・テヘラン生まれの大阪育ちだそうです。
この本は、ご自身の歩んできた道とオーバーラップさせて書かれているのでしょう。
本当の話を、感じたままに自分の言葉で語るのが一番面白い。
これは、地域紙ライターでしかなかった私の
家族新聞を作り続けることしかできなかった私の
小さな哲学です。
もっと言ってしまえば、それを人がどう読もうとかまわない。
もしどこかに共感してくれる人がいれば、そのことを愉しめばいい。
それくらいのスタンスで、作家は物語を書き続ければいいのです。
吉本ばななのように、柳美里のように、川上未映子のように。
村上春樹のように。
D・J・サリンジャーのように。
アルチュール・ランボーのように。

そして、僕らの「サラバ」は果たして、「さようなら」だけでなく、様々な意味を孕む言葉になった。「明日も会おう」「元気でな」「約束だぞ」「グッドラック」「ゴッドブレスユー」、そして、「僕たちはひとつだ」。
「サラバ」は、僕たちを繋ぐ、魔術的な言葉だった。     ~本からの引用~

2015年6月21日 (日)

365日のおかず百科

Img_4067_2


なんじゃ、これは~
とお思いでしょうか

これは、昭和55年に発行された「365日のおかず百科」という一冊。
私の主婦業を支え続けてきてくれた本です。
結婚する時に、日々、食事を作らねばならなくなることを想定して、
実家から嫁入り道具の中に忍ばせてきたものだと思われます。

この本は、いつのまにやら30年を超えてしまった私の主婦歴の中で、常に料理部門における相棒でした

10年ほど前Img_4073に、表紙が取れてしまい、綴じ糸さえ切れてしまい、
もくじも一枚二枚と失われてしまいました
それでも「今夜の夕飯、何にしようかなあ」と迷う時には、
やっぱり開いてしまう一冊でした。

酢豚や麻婆豆腐の味付けの調味料配合など、未だに本を開いてチェックしてしまいます。
この本のレシピ通りにしておけば、まずはまちがいなく美味しく作れるからです

もくじがどこかに行ってしまってからは、ページを前から順番に繰りながら、目的のレシピを探したりもしていました

365日分、毎日、3品のメニューが律儀に組まれて載っています。
その作り方もきっちり載っています。
こんな贅沢な盛りだくさんの料理本など、今では絶対にありません。
全部で1037品ものレシピが載っているのです

という大切な大切な本なので、これまでにも何度か再発行されないかなあと調べたりしたこともあったのです。
でもまあ、何せ昭和55年の本ですからそんなことは無理なんだろうな~と諦めていたのですImg_4068

それがですよ。
先日、娘が「その本、再発行されてるで」といとも簡単に検索して見せてくれたのです

もちろん、嬉しくってすぐに注文することにしました
なんと2007年発行で、既に中古品しかないような状況でしたが、そんなの全然構いません

当時でも1950円の値段が付いている本が、再発行では1890円だったようです。
私が買った中古品はImg_4069なんと2365円でした

再発行に向けてのご挨拶も、思いが込められていて、なんだか素敵です

私の本が55年発行で9刷になっていますが、それは35年前のことです。
このご挨拶文によると、どうも27年前までは増版され続けていたことになりますね。

Img_4070そうか、私たちが時代の先端を行ってるわけではなく、
私たちの時代は、もうレトロ感を感じるようなひと昔前の主婦の話ってことになるんだろうか

この書き方に、ちょっと驚いてしましました

もしかしたら、同世代の主婦仲間には、この一冊を持っている人はかなり多いのかもしれません

じゃあ、若い人向けにこの本を紹介するとすれば、例えば
幾通りかのメインディッシュは、こんな風にかなり詳しく作り方が紹介されています 
ハンバーグはこんな風に

Img_4071
そして、日々の献立はこんな風にImg_4072


本日、6月21日は、
・豚肉と搾菜のいため物
・しんとり菜のクリーム煮
・フレークとキャベツのあえ物

ほらね、なんだか斬新じゃありません

嫁に行く娘に持たせたい一冊です

よさこいの夏

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