2020年8月
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最後だとわかっていたなら  

  最後だとわかっていたなら  

                  ノーマ・コーネット・マリック 作・佐川陸 訳

あなたが眠りにつくのを見るのが最後だとわかっていたら

わたしはもっとちゃんとカバーをかけて

神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが最後だとわかっていたら

わたしは あなたを抱きしめて キスをして

そしてまたもう一度呼び寄せて抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが最後だとわかっていたら

わたしは その一部始終をビデオにとって

毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくてもわかってくれていたかもしれないけれど

最後だとわかっていたら

一言だけでもいい…「あなたを愛している」と わたしは伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる

でももしそれがわたしの勘違いで今日ですべてが終わるのだとしたら、

わたしは 今日 どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

そして わたしたちは 忘れないようにしたい

若い人にも 年老いた人にも

明日は誰にも約束されていないのだということを

愛する人を抱きしめられるのは

今日が最後になるのかもしれないことを

明日が来るのを待っているのなら 今日でもいいはず

もし明日が来ないとしたら

あなたは今日を後悔するだろうから

微笑みや 抱擁や キスをするための

ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと

忙しさを理由に

その人の最後の願いとなってしまったことを

どうして してあげられなかったのかと

だから 今日 あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう

そして その人を愛していること

いつでも いつまでも大切な存在だということを そっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を

伝える時を持とう

そうすれば もし明日が来ないとしても

あなたは今日を後悔しないだろうから

13歳の時に西宮で阪神大震災に怯えた少女が、17年後に、結婚して暮らし始めた陸前高田で東北大震災の津波にのみ込まれ亡くなった。朋さんのお腹には小さな命が宿っていたのに…。図書館で働く朋さんの妹さんが、両親に見せようと借りてきたという一遍の詩。それは、偶然にも亡くなった朋さんが、一昨年前に陸前高田市の福祉講演会で朗読した詩だったそうです。

17日の朝日新聞の夕刊に載っていた記事に、心が揺さぶられました。こんなことがあるのでしょうか?ご家族の悲しみは如何ばかりなことでしょう。私は思います。これは偶然なんかではなく、朋さんが天国から贈った必然なのに違いないと。

約束された明日なんてない。私たちは、長い人生の中で、何度も何度もそのことを教えられているはずなのに、それでも、私たちはすぐにそのことを忘れてしまう。いつもいつも今日と変わらない明日がきっとやって来るのだろうと思い込んでしまう。

今日という日を、精一杯、生きましょう。

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